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東京地方裁判所 昭和47年(刑わ)4431号 判決 1972年11月07日

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

未決勾留日数中六〇日を右本刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、昭和四七年六月一九日午後九時ころ、東京都千代田区三崎町二丁目九番地先公衆電話ボックス内において、堀田愛児が遺失した現金三、五〇〇円および運転免許証ほか四点を拾得しながら、警察署長に差出すなど法定の手続をしないで、ほしいままに、自宅に持ち帰り横領し、

第二、回年七月二九日午後三時ころ、同都新宿区新宿三丁目四八番地先公衆電話ボックス内において、浅野恵美子が遺失した金額五万円の小切手一通ほか一点在中の封筒を拾得しながら、警察署長に差出すなど法定の手続をしないで、ほしいままに、自宅に持ち帰り横領し、

第三、同四七年七月三一日午前一〇時三〇分ころ、同都中野区新井一丁目九番一号株式会社埼玉銀行中野支店において、判示第二のとおりかねて拾得した金額五万円・支払地東京都中野区新井一丁目株式会社埼玉銀行中野支店・振出日昭和四七年七月二九日・振出人学校法人目白学園理事床次徳二なる小切手一通の裏面に行使の目的をもつて、ほしいままに、黒のボールペンを用いて「中野区東中野一の五の三大高守」と記入し、その名下に、かねて拾得した大高と刻した印鑑(昭和四七年押第一七一八号符号一)を押捺して、同小切手の支払人たる埼玉銀行中野支店に対する小切手金額の受領証書としての裏書をなし、もつて大高守作成名義の私文書一通を偽造したうえ、そのころ、同支店において、右裏書と一体をなした前記小切手一通を同支店預金窓口係大塚美恵子に対し、右裏書が真正に作成されたものであり、かつ正当権限者による適法な小切手の呈示であるように装つて提出して行使したものである。

(証拠の標目)略

(法令の適用)略

(詐欺未遂の点について無罪理由)

判示第三の事実に関する昭和四七年八月一一日付起訴状記載の公訴事実中「右小切手金額の支払いを求めたが、同人から、すでに紛失届が出されている小切手であることを発見されたため、金員騙取の目的を遂げなかつたもの(罰条刑法二五〇条、二四六条一項」との詐欺未遂の訴因については<証拠略>によると、本件小切手は小切手法三七条三八条にいう一般線引小切手であつて、一般線引小切手は支払人たる株式会社埼玉銀行中野支店において銀行に対し又は「支払人の取引先」に対してのみこれを支払うことを得るもの(同法三八条一項)であるから、被告人が「支払人の取引先」であることを装わないかぎり、該小切手の換金化は通常不能であつて、一般線引小切手の正当権限者たることを装う詐欺手段としては、単に裏書をし小切手を提出して正当な所持人であることを装うだけでは支払人を欺罔することが定型的に不能であるというべく、刑法二四六条一項の罪には当らないと解すべきである。もつとも、実際界では、現金によつて新規預金契約を締結し、それと同時に、あるいはその直後に線引小切手を受入れる慣行が行なわれているようであるが、銀行は店頭に一現の客に対し、かかる方法により直ちに現金(金額の多寡にかかわらず)を支払うことまで慣行として行なわれているものとは認めるべき資料がない(鈴行側でかねて信用のあることが判明している客が一般線引小切手を持参した場合などの例外的な慣行というべきである)。さらに、実際界では、小切手の振出人は銀行より交付を受けた小切手帳の用紙全部につき、あらかじめ線引をしていることが多く、この場合銀行と取引のない者に対し、小切手による支払をするときは不便を生じ、いつたんなされた線引を抹消することもできない(同法三七条五項)ため、振出人が小切手の裏面に銀行取引に使用する印章を押捺し(裏判と称する)。これに対し銀行が支払うという慣行がある(船渡証言)。この慣行による裏判があることを装う欺罔手段をとるのなら格別、そのような手段にも訴えることがない本件の場合は、受領証書としての裏書をなし小切手を提出した点について、私文書偽造行使罪が成立するにとどまり、詐欺未遂罪を構成しないといわなければならない。

しかしながら、右詐欺未遂罪は、判示第三の各罪と刑法五四条一項後段の牽連犯として科刑上一罪の関係にあるから、とくに主文において無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(早瀬正剛)

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